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盛岡地方裁判所花巻支部 昭和59年(ワ)42号 判決 1985年10月28日

原告

甲山花子

原告

甲山太郎

原告ら訴訟代理人

泉舘久忠

被告

乙川竹男

右法定代理人父

乙川松夫

同母

乙川梅子

被告

乙川松夫

被告

乙川梅子

被告ら訴訟代理人

中嶋真治

主文

被告らは、原告らに対し各自金二、二五七万一、七九〇円およびこれに対する昭和五九年七月五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を被告らの負担とし、その余は原告らの負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  原告らの求める裁判

被告らは、原告らに対し各自金三、七六二万円およびこれに対する昭和五九年七月五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。との判決並びに仮執行宣言。

第二  被告らの求める裁判

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第三  請求原因

一  訴外甲山始は、昭和五八年四月二一日午後四時四五分ころ、岩手県和賀郡東和町南成島八区七八番地一の旧岩手県交通○○○バス停留所待合所内において、被告乙川竹男から、首を柔道着のズボン用のヒモで絞めたり、金串状鉄棒(直径約三八ミリメートル)を後頭部、後頸部に五回突き刺す等の暴行を受け、絞頸による窒息により死亡した。

二  被告乙川竹男は、昭和四二年九月一三日生れで右不法行為当時、県立○○高校一年生であつたが、昭和五八年四月一六日ころ、原告甲山花子らからその行状につき、母親の被告乙川梅子とも注意されたことに怨恨をいだき、仕返しをしようとしていたが、同月二一日は、高校を怠学し、○○町内を徘徊していたところ、右不法行為のなされた時間・場所において、原告甲山花子の長男の訴外甲山始と出会い、怨恨の情抑え難く、同人を殺害したもので、民法七〇九条により右不法行為により生じた損害を賠償する義務がある。

三  被告乙川松夫、同乙川梅子は、被告乙川竹男の両親で同人を監護養育すべき義務を有していたものであるが、被告乙川竹男が小学校のころから勉学嫌いで盗癖を有していて、また幼い頃から気が弱い半面、カッとなりやすい性格であることは充分知つていたのに、適切な指導教育もせず本件事件に至らしめたもので、被告乙川竹男の不法行為は被告乙川松夫同乙川梅子が同人を指導監督し、同人が他人を殺害するに至る行為におよぶことを未然に防止すべき義務を懈怠した過失により発生したもので、右両名は、民法七〇九条により、訴外甲山始および原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

四  損 害

1  葬儀費用として、金一〇〇万円を原告らが共同で負担した。

2  訴外甲山始は、昭和五二年三月八日生れで死亡当時六才であつたから、一八才から六七才まで稼動可能で、予想月収金三四万円、それから控除すべき生活費五〇パーセントとし、ライプニッツ方式により中間利息を控除すると、その逸失利益は金二、〇六二万円となるが、原告ら両名は右訴外人の両親としてその二分の一をそれぞれ相続した。

3  原告らは、訴外甲山始が小学校一年生となり、今後の成長を楽しみとしていたところ、被告乙川竹男により極めて残忍な方法、態様で殺害され、それによつて受けた精神的打撃は計りしれないが、その損害を金銭に評価すると、それぞれ金八〇〇万円(合計金一、六〇〇万円)を下るものではない。

4  原告らは、本件訴訟を弁護士に委任し、その費用報酬として金一〇〇万円を支払うことを約した。

五  よつて、原告らは、被告ら各自に対し右損害額の合計から、すでに支払いのあつた金一〇〇万円を除した金三、七六二万円とこれに対する訴状送達の日の翌日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四  請求原因の認否

一  請求原因事実第一項のうち、金串で刺した事実を否認し、その余認める。

二  同第二項のうち、被告乙川竹男の生年月日および同人が原告甲山花子らから注意された事実は認め、その余否認する。

三  同第三項のうち、被告乙川松夫、同乙川梅子が被告乙川竹男の両親である事実および被告乙川竹男が小学校のころから中学校三年生前半まで勉学が嫌いであつた事実および同人が気が弱い反面、短気でカッとなることもある事実は認め、その余否認する。

四  同第四項のうち、1、4および2のうち、訴外甲山始が死亡当時六才で原告らがその相続人である事実を認め、その余争う。

第五  抗 弁

被告乙川竹男が訴外甲山始を殺害したのは、当日右訴外人が被告乙川竹男の新品の自転車を足蹴りして転倒させ、一部破損させたことから、被告乙川竹男は、右訴外人にその謝罪を求めたが、右訴外人はこれに応ぜず、再度自転車を倒したので、激昂して偶々手許にあつた紐で、右訴外人の首を絞めたもので、被告乙川竹男が本件不法行為に至つたのは、訴外甲山始の言動にも原因があり、このような事情は損害額の算定にあたり考慮されるべきである。

第六  抗弁の認否

抗弁事実は否認する。

第七  証 拠<省略>

理由

一請求原因事実第一項は、被告乙川竹男が訴外甲山始の後頭部、後頸部を金串で刺した事実を除き当事者間に争いがなく、右事実は<証拠>によりこれを認めることができ、これに反する証拠はない。

二<証拠>によると、被告乙川竹男が訴外甲山始を殺害するに至つたのは、当日被告乙川竹男はかねて顔見知りの訴外甲山始と県交通○○○バス停留所内で話し合つていたところ、話の内容に関連して立腹した訴外甲山始が、被告乙川竹男所有の新品の自転車に足蹴りを加えこれを倒し、一回目は被告乙川竹男がこれを自分で起し、訴外甲山始にその謝罪を求めたが、訴外甲山始は謝罪をしないばかりか再びこれを倒し、そのため自転車のライトカバーが破損した。これを見た被告乙川竹男が、訴外甲山始が二、三日前から被告乙川竹男に対し泥棒呼ばわりをすることに腹を立てていたこと、右の自転車を倒した際も泥棒とののしつたこと、そして新品の自転車の一部を壊されたこと等から激昂したことが動機である事実が認められる。そして、原告らが主張する怨恨が動機となつている事実は、これを認めるに足る証拠は存在せず、<証拠>を見ても、被告乙川竹男は終始一貫して本件犯行の動機は訴外甲山始が泥棒呼ばわりしたことと、自転車を倒して破損させながら謝罪しようとしなかつたことが原因であると、取調べ官に対し終始一貫して述べていることが窺うことができ、被告乙川竹男本人尋問の結果は充分措信できると考えられる。そうだとすると、被告乙川竹男の暴行により訴外甲山始が死亡した事実は争いがないとしても、それに至る経緯については、訴外甲山始の言動がその誘因となつていることも否定できないところで、訴外甲山始にも本件の結果につき二〇パーセントその責任があるといわなければならず、右事実を斟酌すると、被告乙川竹男は訴外甲山始につき生じた損害の八〇パーセントおよび原告らの損害につき損害賠償の責に任じなければならぬものと判断する。

三被告乙川竹男が本件不法行為当時一五才の高校一年生で、その両親である被告乙川松夫、同乙川梅子のもとで養育監護を受けていた事実は当事者間に争いなく、未成年者が責任能力を有する場合であつても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によつて生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当である(昭和四九年三月二二日最高裁第二小法廷判決)。しかし、本件において被告乙川竹男が小学校から中学校三年前半にかけて勉強嫌いであつた事実は当事者間に争いはないが、同人が、本件不法行為をなすに至るまでになした非行行為として認め得るのは、<証拠>により認め得るジュース三本盗んだ事実のみで、その他に原告らが被告乙川竹男の盗癖として挙示する事実は、証人乙川松夫、同沢田武夫、同甲山林の各証言および原告甲山花子本人尋問の結果によるも、盗難の事実が発生すると、右証人らが単なる憶測に基づき被告乙川竹男の所為であると考えていたのみで、被告乙川竹男に盗癖ありと認めるに充分でない。また、<証拠>により、被告乙川竹男が訴外中村勝吉に対し柔道により負傷させた事実は認められるが、<証拠>によると、これは被告乙川竹男が訴外中村勝吉と遊んでいるときの事故で、この事実の存在をもつて、被告乙川竹男に粗暴癖があると推認することは出来ず、また、、<証拠>によると被告乙川竹男はいつもにこにこして人なつこくて、自分から話しかけてくるという性格で、特に指導上の問題は無い少年であつた事実すら認められる。そうだとすると、被告乙川松夫、同乙川梅子が被告乙川竹男を監護教育するにあたり、普通一般の子供と特に付加して指導しなければならない注意義務があるわけではなく、また、被告乙川竹男の訴外甲山始殺害行為を予見することは困難であつたと考えられるが、<証拠>によると、被告乙川竹男が本件不法行為に使用した先の方のとがつた金串を中学校二年生の頃から遊びに使い、毎日のように持ち歩いていたことを被告乙川松夫、同乙川梅子はよく知つていながら、何の注意もしなかつた事実を認め得るが、当事者間に争いがないところの日頃は気が弱いが短気でカッとなりやすいという被告乙川竹男の性格を被告乙川松夫、同乙川梅子は熟知していたのであるからこのような性格の少年が容易に凶器となり得る金串を持ち歩くということから、同人が他人に危害を及ぼす行為に出るかも知れぬということは、予見不可能ということはできず、そのような結果に至らないよう指導監督すべき注意義務が被告乙川松夫、同乙川梅子には存在したと解せられるところ、右被告両名が適切な指導監督をせず放任していたのであるから、この義務違反と訴外甲山始の死亡との間には相当因果関係があるものと判断され、被告乙川松夫、同乙川梅子は訴外甲山始および原告らに生じた損害を賠償する責に任じなければならぬ。

四損 害

1  葬儀費用として金一〇〇万円を要した事実は当事者間に争いがない。

2  訴外甲山始は、昭和五二年三月八日生れで死亡当時六才であつた事実は、当事者間に争いがない。

昭和五八年賃金センサス産業計全労働者の平均年収は一五七万三、四〇〇円であるから、生活費五〇パーセントを控除し、ホフマン係数を用いて中間利息を控除すると、訴外甲山始の逸失利益は、金一、四四六万四、七三八円となる。

(算式)七八万六、七〇〇円×{(稼働可能最終年令―事故時の年令)のホフマン係数―(一八才―事故時の年令)のホフマン係数}

そして、前認定のとおり被告らの責に帰すべき訴外甲山始の損害額は、その八〇パーセントであるから、逸失利益の賠償額は金一、一五七万一、七九〇円となる。

3  原告らが、訴外甲山始が殺害されたことにより精神的打撃を蒙つたことは自明の事実であるが、その殺害の態様被害者の年令等に照し、これを慰藉するには金一、〇〇〇万円が相当と判断する。

4  原告らが金一〇〇万円の弁護士費用を必要とした事実は当事者間に争いはない。

五よつて、原告らが、被告ら各自に対し右損害額の合計から、すでに支払いのあつた金一〇〇万円を除いた金二、二五七万一、七九〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明白な昭和五九年七月五日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限りにおいて、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法八九条、九三条一項本文、一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官長谷川邦夫)

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